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カテゴリ:ノンフィクション

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報道が教えてくれない アメリカ弱者革命

 堤未果さんの「報道が教えてくれない アメリカ弱者革命」を読みました。

報道が教えてくれないアメリカ弱者革命 (新潮文庫)

堤 未果 / 新潮社



 「音もなく少女は」を読んで、アメリカ(特に貧困層)についてもっと知りたいと思っていた時に、本屋で眼に飛び込んできたのが、この堤さんの本でした。

 アメリカ合衆国=自由の国

 の象徴のようだったのですが、この本を読むと、私が知っているアメリカはアメリカの政府がこうありたいと思っている表面の姿で、その裏では存在を知られることのない人たちがたくさんいたのでした。


 プロローグの一番最初の文章から強烈な内容で、目が離せなくなりました。

 引用 

 あまり知られてない事実だけど、世界の富の四分の一を所有するこのアメリカでは四二〇〇万人の国民が餓えを経験しているんだ。

 餓えっていうと君ら日本人は、北朝鮮やアフリカを想像するんだろうな。

 でも、飢餓ってのは第三世界だけで起きているとはかぎらない。

 次にいつ食べ物を口にできるかわからない人々は「飢餓人口」として数えられるんだよ。

 略

 日本では大学に行かないフリーターが増えてるんだって?

 こっちの若者は大学にいきたくてうずうずしてるんだ。

 大学に行かないと貧困から抜けられない社会だから。

 君だって一生、時給五ドルのマクドナルドじゃイヤだろ?

 略

 貧しいアメリカ人が太っているのは、マクドナルドが好きだからじゃないんだぜ。それしか選択肢がないんだよ。

 先進国って呼ばれてるけど、乳児死亡率はキューバより高い。

 その数一日七七人、ついでに母親も毎日平均で一人死んでいく。

 略

 けど代わりに軍は、入隊すれば大学費用をだしてやるって言って、貧しい高校生たちを次々にリクルートしたんだ。

 実際、軍に入ったらいろんなからくりがあって、ほんとに大学に行ける兵士なんて全体の三五パーセント、卒業できるのはわずか一五パーセントだ。

 こんなはずじゃなかったとあわててももう手遅れで、気がついたらM-16を手にして砂漠の真ん中でターバンを巻いた連中に発砲してるってわけさ。

 以下略


 
 堤さんは、本書で、様々な「報道されない弱者」にインタビューしています。

 2004年の大統領選挙の不正に対してハンストを行った男性、

 携帯電話で軍に勧誘された貧しい高校生たち、

 イラクから帰還した兵士たち、

 イラク戦争で息子を亡くした母親たち。



 国が不正な選挙を行っている、しかも、アメリカ合衆国で。
 読んでいたときにちょうどミャンマーで選挙が行われていて、大騒ぎになっていましたが、アメリカでも国民や世界の人たちが知らないだけで、とても民主的とは思われない方法で選挙が行われている、という事実。

 本書は2006年に出版されています。

 そして、2010年に文庫化されることで、堤さんによる「あとがき」が加筆されています。

 そこで、

 
 
 この国アメリカの後追い政策により、同じように中流が崩壊し貧困層が急激に拡大した日本でも人々の危機感はますます高まっている。

 教育にかかる支出は家計への負担として拡大し、貧困率は上昇し、新卒の就職先はなく、各地の高校教諭がらは自衛隊が生徒を勧誘しに来たというメールが私の所に沢山届く。

 以下略



 この世界はどうなってしまうのか?

 いろいろと考えさせられる作品でした。




 

 

by chimamotto | 2010-11-20 17:59 | ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

仕事漂流

 稲泉連さんの「仕事漂流」を読みました。

仕事漂流 ― 就職氷河期世代の「働き方」

稲泉 連 / プレジデント社



 これは、

 失われた10年(ロストジェネレーション)という1990年代前半~2000年代前半の就職氷河期に就職できた、東大、慶應、早稲田、・・・・卒の学歴エリートたちはなぜ会社を辞めたのか?

 というテーマで、作者の稲泉さんが計8名の学歴エリート、就職、転職をされた方たちに約4年間をかけてインタビューしたノンフィクションです。


 この本を読むと、

 自分は何のために働くのか?

 ということを考えずにはいられなくなります。



 出版社に就職したかったのに試験に全て落ち、就職のため2年留年した女性が出版社に採用された友人を評した言葉。

 「苦手そうなジャンルでも、仕事として興味を持って必死にやっていける人たち。

 私はひょっとしたらそれができなかったかもしれないし、それができそうにないから落ちたんじゃないかと思うんです」
 


 この女性は菓子メーカーに就職し、大手デパートの店舗で販売業務に就く。
 8時半~20時半、遅番のときは14時~23時まで働いた。
 売り上げを重視する店長の口癖は「あんたなんか使えない!」。
 形の崩れたケーキ、割れたクッキーなどをポケットマネーで買い、売り上げに計上するという暗黙のシステム。
 朝は割れたクッキーやケーキを食べ、終電で帰っては倒れるように眠る日々を過ごし、出勤拒否となった。




 大手電機メーカーの技術者として採用されたが、自分の仕事に日々虚しさを感じていた男性が上司について語った言葉。

 「この会社で一つ学んだのは

 それは能力的な差であると同時に、仕事に対するモチベーションのあり方の差なんですよね。

 僕だったら嫌気がさしてしまうようなときでも、彼らは黙々と仕事を続けていくんです。

 たとえ本人が愚痴を洩らしていても、それでも半日でやってしまう。

 要するに本当に頭が良い人というのは、自分の思いなんて横にいったん置いて、目の前にある仕事をばんばん処理できちゃうんです。

 まいったなあ、って笑いながら、ばあって仕事ができちゃう。

 そこに二重の意味でかなわない気持ちを抱いたんですよね」


 
 「僕がつまらないと愚痴を言う仕事でも、彼らは淡々とこなしてしまう。

 一方で彼らほど頭の回転の速さがない僕は、『自分のやりたいこと』とか『この仕事の意義』とかを見つけて、

 それにすがらないとやっていけない気がしました。

 『意味があると信じられる仕事なら何日でも徹夜ができます』というだけでは、企業が求める“筋肉”にはなれない。

 結局、僕は面白くないと思った仕事を、彼らのように淡々とこなすようになれるとは思えなかったんです」


 この男性の仕事は大手電機メーカーのスーパーコンピューターを取り扱う部署で論文を書くこと。
 他社製品と比べて自社製品がどれだけ優れているか、ということを論文にする。
 しかし、男性の会社のスーパーコンピューターは他社と比べて大幅に後れをとっており、明らかに他社の方が優れている製品についても自社の優れている箇所を無理矢理取り上げて論文を作成しなければならなかった。
 研究者としての自分と企業の社員としての自分との矛盾、職場での孤独感を感じ2年で退職。
 

 

 大手総合商社を辞め、ITベンチャー企業に転職した男性転職先の上司の言葉。

 「優秀なエンジニアっていうのは、どこにいると思う?

 採用で一人でも多くのエンジニアを捕りたいときに感じるんだけど、ほとんどが大企業にいる。

 ベンチャー、ベンチャーって騒がれるし、うちにも天才的なエンジニアが確かにいるけれど、結局はそういうことなんだよね。

 それで、その大企業っていうところは、メリーゴーランドに乗っている人材を、ハンマーで次々に打ち砕いていくようなところがあるように見えるんだ」

 するとどうなるだろうか? と彼は続ける。

 「それは決して大企業が社員にチャンスを与えない、ということではないんだよね。

 ただ、ぐるぐるとメリーゴーランドに乗り、隣にいる人が砕かれるのを見ていると、だんだんと抜けられなくなってくる、っていうことなんじゃないかな。

 微々たることで出世競争から脱落し、あるいはレールに乗ってどんどん進み、それでも途中でだめになると叩かれる。

 そのうち、その人の本来優秀な部分が削がれていく。

 それがいわゆる減点評価というものだよね。

 時間が経てば経つほど、まだ叩き潰されていないという事実が、彼をその会社に留まらせるんだ。

 ・・・略

 減点主義には減点主義のメリットもあるかもしれないけれど、新たな事業やチャレンジをしていこうとする我々のような会社に、やっぱりそれは全くそぐわないよ」




 就職氷河期に他人が羨むような会社に就職したというのに、キャリアアップというよりは、今いる職場をどうしても辞めたくなり結果的に転職した彼ら。

 しかし、働きながら自分のやりたいことと会社でやっていることの矛盾と葛藤し悩んだ時間は、苦しかったけれどそれぞれの転職先で活かせています。

 
 けれども、やっぱり、ここに書かれているのはごくごく一部の「エリート」と呼ばれる人たちなんだろうなあ。

 今日食べるものにも困っている人たちにとって、「働くこと=生きること」以外の何ものでもないだろうし。

 
 この本を読むと、どの時代に就職したかによってその世代世代が抱える悩みが全く違うのだ、ということが非情によく分かります。

 本の帯にも、

 「若手の心を理解したいミドルに読んでほしい本」

 と書かれています。

 
 ミドル世代だけじゃなくて、バブル全盛世代、現在新卒新入社員真っ只中世代、就活世代・・・とあらゆる世代の方に読んでほしいです。


 

 
 そんなロストジェネレーション世代の次世代が現在の新入社員たち。

 現在の新入社員の「働くこと」についての考え方も筆者はあとがきで触れています。 
 

 

続きはこちらへ。

by chimamotto | 2010-06-07 16:01 | ノンフィクション | Trackback | Comments(4)

トレイシー

 中田整一さんの「トレイシー 日本兵捕虜秘密尋問所」を読みました。

トレイシー 日本兵捕虜秘密尋問所

中田 整一 / 講談社



 第二次世界大戦中にアメリカに実際にあった、日本兵捕虜秘密尋問所の建物の愛称が「トレイシー」というそうです。

 最初のページには皇居の詳細な地図が載っています。

 これは、米軍が独自に調査したものではなく、「トレイシー」の捕虜から聞いて作成した地図だそうです。

 もう少し戦争が長引いていたら、もしかしたらアメリカは皇居にも爆弾を落としていたかもしれない、と思うとゾッとします。


 「トレイシー」の存在は最近までアメリカの極秘事項だったそうです。
 
 それは、日本人捕虜にたいして行った「盗聴」という行為がジュネーブ条約に抵触していたことと、

 日本人捕虜たちの帰国後の将来を案じ、米軍関係者が守秘義務を守りとおした、から。




 「生きて捕虜の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すことなかれ」 

 と教えられていた日本軍兵士。

 しかし、「玉砕」で死のうとして死にきれず、捕虜になった兵士が数多くいたのでした。

 さらに日本兵は、万一捕虜となった場合、どう対処するのか、尋問で何をはなしてよいか、あるいは話してはいけないのか、その規準もなく教育もうけていなかった。


 アメリカは日本が真珠湾を攻撃してくるより前から、いずれ日本と戦争になるだろうと予測し、日本語学校を作り、宣教師等かつて日本に滞在したことのある人物から語学だけでなく日本の文化や日本人の特徴(心理的)まで未来の尋問兵に学ばせていたのでした。

 
 戦争にあたって、敵国の情報がいかに大事か、ということをアメリカ人は十分に知っていたのでした。

 充分な食事と衛生的な空間、そして紳士的な言動により心身共に弱った捕虜の心を開かせ、そのうえ捕虜の部屋に盗聴機器をしかけ、有益な情報を録音し記録。

 わずか2年あまりで、「トレイシー」で捕虜から獲得した情報は、零戦の性能、空母大和の構造、軍需工場の内部、暗号の詳細・・・、と貴重で膨大なものだったのでした。



 この本を読んだ後、呆然とし、無力感に襲われました。

 圧倒的な力の差。

 
 今の平和ボケしている日本なんか、簡単にどこかに占領されてしまいそう。


 そして、私が捕虜となったら間違いなく、知っている情報をペラペラ喋ってしまうと思います。


 
 

 

by chimamotto | 2010-05-24 16:16 | ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

台湾人生

 酒井充子さんの「台湾人生」を読みました。

台湾人生

酒井 充子 / 文藝春秋



 「台湾人生」は酒井さん監督のドキュメンタリー映画であり、この本は映画の書籍化になるようです。

 日本統治下で日本語教育を受けた台湾に住む台湾人のお年寄り約10名ほどに、酒井さんご本人がインタビューし、彼らが話す日本語そのままを文章としておこしています。


 植民地として占領し、日本教育を強請した日本。

 年齢を問わず韓国や中国では反日感情があらわだというに、台湾の人は親日的。

 特に日本教育を受けさせられたお年寄りが、日本人を見つけると嬉しそうに日本語を話し出すのはなぜ?

 そんな疑問に答えてくれる一冊です。



 作者の酒井さんはこの映画製作の動機についてこう書いている。

「台湾を知ってしまったから」。

 ドキュメンタリー映画「台湾人生」を作った理由を聞かれると、わたしはこう答える。

 世の中には知らないことが山のようにあって、新しいことに触れて好奇心を刺激されるとということは誰でも経験するだろう。

 略

 台湾という国のこと、かつて日本人として青少年期を送った台湾の人たちのことを「知らなかった」ではすまされないと思ったし、すませたくないと思った。



 下関条約締結後51年間、日本の領地だった台湾。
 
 その51年間、台湾人の国籍は日本であり、母国語は日本語とされていました。

 天皇陛下を神と信じ、母国日本のためならば、と戦争で戦った方や連合軍からの空襲の被害に遭われた方が何万人もいたそうです。

 しかし、敗戦後、日本は台湾を捨ててしまった。

 代わりに中国から蒋介石率いる国民党がやってきて、台湾統治が始まった。

 台湾語や日本語の使用は禁止され、北京語を強要された。

 日本から開放され同胞がやって来たのを素直に喜んだのはつかの間。

 国民党による支配は、日本軍による支配よりも遙かに厳しく残酷だった。


 
 そして、幼い頃の日本の教育により、言葉も考え方も日本人より日本人らしくなってしまった彼ら。

 たとえ辛い思い出がたくさんあろうとも、日本は第二の故郷であり、日本は懐かしい存在になっていました。


 1925年生まれの陳さんの言葉より

 略

 かわいそうよわたしなんか、国民党からは、日本教育受けたから敵に回されて。

 無学文盲になった。情けない。泣き寝入り。

 わたし個人の恨みはいいよ。

 台湾人としてね、こんなにも日本の教育受けてこんなになったのになんでわれわれを捨てたの。

 なんで陰ながらでも守ってくれないの、というのがわたしの願いなの。

 略

 いくら大陸にあげてもありがたいと思わないよ。いまの中国大陸は。

 日本がどういうことやっても絶対敵だよ。

 排日感情がとても強いのよ。

 戦争に行って生き残った台湾の人たちに少しでも補償してあげたら、彼らはどれほど喜ぶか知らない、わたしはそう思うよ。

 なんで日本政府はやらないの。

 大陸が怖いってなにが怖い。

 だから小泉はあっぱれだよ。靖国神社もっと参拝してくださいよ。

 戦争で死んだ人になにが罪があるの。

 行きたいんじゃないのよ。国家のために行ってるんでしょ。無理に行かせてるの。

 この人たちが死んだらなんで拝んでいけないの。

 支那人のけしからんことよ。

 以下略


 
 酒井さんはあとがきにこんなことを書いている。

 

 台湾を旅するとき、日本語が流暢なお年寄りに出会ったら、その日本語の裏側にどんな人生があったのか、ほんの少しだけ思いを寄せてほしい。

 そして、もうひとつ考えてほしい。

 なぜ、台湾は「台湾」として世界に認められていないのか。

 国の進む道を決めるのは、その国の人たちだ。

 わたしたちはその歩みをしっかりと支えられる日本、そして日本人でありたい。

 以下略



 現在、日本と台湾の間に正式な国交はありません。

 外務省のHPでも、

 日台関係は1972年の日中共同声明のとおり、非政府間の実務関係として維持されている。

 と書かれています。


 近くて遠い国、台湾。

 酒井さんのおっしゃっていたとおり、知らなかったけれど知らないではすまされないことばかりだった台湾と日本の関係。

 どうしても台湾に行ってみたくなりました。

by chimamotto | 2010-05-20 16:17 | ノンフィクション | Trackback | Comments(4)

ネトゲ廃女

 石川結貴さんの「ネトゲ廃女」を読みました。

ネトゲ廃女

石川結貴 / リーダーズノート



 ネトゲとは、ネットを通じたオンラインゲームのことで、

 廃女の説明の前に「廃人」の説明をすると、

 略

 ネットゲームによって通常の社会生活を送れなくなったり、世間からドロップアウトした人を指して「ネトゲ廃人」という言葉が使われている。

 寝食を忘れてゲームにのめり込み心身の健康を損なう人。

 レアなゲームアイテムやゲーム内で使う装備品ほしさに消費者金融で数百万円もの借金をする人。

 顔も洗わず、歯も磨かず、髪も髭も伸び放題、歩くこともなくなって筋肉が衰え、「人間らしい外見」を失っていく人。

 そんな「廃人」には、一方で別の意味もあるという。

 尊敬、自慢、羨望、憧れ。

 つまり「廃人」と呼ばれるに至るまでゲームを極めた人、高いスキルを得た人に対する「敬意」を込めて使われる場合があるというのだ。

 また「廃人」だけでなく、「廃」という一文字で表す場合もある。

 崇める対象として「廃神」とも呼ばれ、高いレベル、つまりハイレベルのことを「廃レベル」ともいうらしい。

 以下略


 つまり「廃女」とは、「廃」になった女性のことです。


 この作品は、「ネトゲ廃女」になった30代~50代の主婦9名に作者の石川さんがインタビューをしたノンフィクションです。

 ゲームをする人は、若者、しかも男性、そんなイメージはなかったでしょうか?

 私はこの本を読むまで、ゲームしている人のほとんどがオタク青年だと思っていました。

 ところが、無料オンラインゲームをしている(特に平日の昼間)人の多くが主婦だそうです。

 そして、この本で紹介されているのは、いずれも「廃」にまでなった人たちですから、

 1日15時間以上ゲームをし、家事は適当(夫と子どもの食事はレトルト食品や出前が主)、仕事先にはゲームのために仮病の電話をし、あげくにはトイレやお風呂の時間も惜しんでひたすらゲームをする、
 
 という、家族との時間ばかりか人間として最低限の生活までも犠牲にして、ただゲームのためだけに毎日生きている、という方々
です。


 それは、ごく限られた人たち。
 私とは関係ないこと。

 そんな風に思っていませんか?

 だけど、彼女たちもネトゲを愛している以外は、ごく普通のどこにでもいる、あるいは、普通以上に幸せそうに見える(現に幸せな生活をしている人もいる)奥さんたちなのです。


 お酒や煙草、パチンコや麻薬と同じ。
 気楽な気持ちで始めると、いつのまにかやめられなくなって、依存症となる。
 ネトゲは、中毒性があるのです。



 私は絶対ゲームにハマる!という確信があったので、ファミコンにもPSにもDSにもWiiも買いませんでした。

 時々、yahooの無料ゲームをすることはありますが、登録が必要なゲームは面倒なのでやりません。
 1時間以上遊んでしまうと、「もったいない時間の使い方をした」と自己嫌悪に陥ったことがあるので、最近は全然やっていません。


 だから、ハマッってしまって「廃」にまでなった人たちの気持ちも分かります。
 自分が依存してしまうのが怖いので、近寄らないだけなのです。


 この本を読んで以来、テレビで携帯電話の無料オンラインゲームのCMを見ると、怖くなります。

 人気タレントさんが楽しそうにゲームで遊んでいる姿を見て、軽い気持ちでゲームを始める人、たくさんいるんだろうな・・・。

 自制心を持つことは大切ですが、中毒性があるものに関しては難しいです。


 「面白そうだからやってみよう」とネトゲを始める前に、「ネトゲ廃女」を読んでおくと依存症にはならないし、そもそも始めようとも思わないかもしれません。

 

by chimamotto | 2010-05-18 16:26 | ノンフィクション | Trackback | Comments(4)

働きすぎに斃(たお)れて

 熊沢誠さんの「働きすぎに斃(たお)れて」を読みました。

働きすぎに斃れて――過労死・過労自殺の語る労働史

熊沢 誠 / 岩波書店



 本書は、1980年代~現在までの過労死、過労自殺した人たちの記録です。
 労災認定された人もいれば、されていない人もいます。

 ちなみに、「斃(たお)れる」という漢字を初めて見たので「倒れる」とどう違うのか広辞苑で調べました。
 「斃(たお)れる」は、慣用句の「斃れて後(のち)已(や)む」からきているようです。
 「斃れて後(のち)已(や)む」とは、「死ぬまで努力して屈しない」という意味です。
 
 この本に記録されている労働者たちは、まさに、「死ぬまで努力して屈しない」生き方をし、命を失ってしまった方々なのです。


 職業は、
 トラック運転手、電気工事・建設労働者、サービスエンジニア(SE)、営業マン、一般職OL、教師、管理職、派遣社員、公務員・・・
 と多種多様にわたっています。
 
 バブル期は大量消費による繁忙ゆえ、加重労務になり過労死したケースから、最近では不況による人員削減のため個人(正規、非正規を問わず)の労働量が膨大になり過労死したり、成果主義により上司や同僚からの人間関係悪化やパワハラなどによる精神疾患→自殺という過労自殺へと過労死が変貌を遂げている様子がよくわかります。

 また、日本の大手有名企業のほとんどが従業員を過労死させた過去があるということ、万博や展覧会など期限が確実に決定されている大きな催し物では電気・建設労働者が過労死しているという事実、1970年代から教師は過労死していたこと・・・などを知り、ゾッとしました。

 それから、私たちの生活がより便利になる(宅配便の時間指定とか24時間サービス営業とか・・・)と共に過労死する労働者が比例するという図式もわかっていたけれど、やっぱり、と再認識しました。



 第1章で作者は、

 
 過労死・過労自殺は日本の労働者世界になじみぶかい働きすぎという大海の波頭にほかならず、それゆえに働きすぎて斃れた人びとの体験はまぎれもなく、その傍らで働くふつうの労働者の多くに共通する体験なのだ。

産業社会の構造的なひずみはかならず個人の受難として現れる。

過労死・過労自殺をみれば日本の労働のすべての側面がわかるとはいえないにせよ、そこを凝視することによって、私たちは日本の労働の見逃されてならない特徴を確実につかむことができる。

過労死・過労自殺は、働きすぎの臨界にいたる体験ではあれ、多くの「ハッピーな」従業員に無関係な、「まじめすぎる」「不器用な」人だけの受難では決してないのである。
 略


 と、書いています。

 
 特に、最後の行の、
 多くの「ハッピーな」従業員に無関係な、「まじめすぎる」「不器用な」人だけの受難では決してないのである、
という文章は、「過労死なんて考えられない」と思っている大多数の日本人労働者全員に提示したいです。



 私はもう少しで「働きすぎに斃れ」そうになりましたが、幸運にも「倒れ」るところで踏みとどまり現在も生きています。
 なぜ、「働きすぎに斃れ」そうになったか?
 それは、この本の中に表現されていました。



 

続きはこちらへ。

by chimamotto | 2010-05-07 15:52 | ノンフィクション | Trackback | Comments(2)

健康帝国ナチス

 「健康帝国ナチス」を読みました。

健康帝国ナチス

ロバート・N. プロクター / 草思社



 アメリカ人の医学教授が書いたナチスの「健康」についての研究書です。

 タイトルに惹かれて読んでしまう本があるのですが、この本もまさしくタイトルで選びました。

 だって、「健康帝国ナチス」って、面白そうじゃないですか?


 だけど、専門書で翻訳物って心底興味がないとなかなか読めませんね。
 私は、この本を読むたびに睡魔が襲ってきて、5回ぐらい寝たので、読み切るまでに何日もかかってしまいました。


 で、肝心の内容はというと、

 ナチス=ホロコースト、残虐な人体実験など、ネガティブな事を発想しがちですが、ナチス統治時代のドイツでは禁煙運動や国民へのガン検診(女性の乳ガン検診、子宮検診など)を義務づける健康大国だった・・・

 というノンフィクション
です。


 意外でしょ?
 
 でも、その理由を聞けば納得です。
 ヒトラーは、純血主義。
 純粋のドイツ人が世界で最も優れた人種である、ということを証明するために行われた政策のひとつだったのでした


 つまり、健康であるべきなのは純粋なドイツ人のみであって、ナチスの健康政策の恩恵を受けられたのは健康な純粋のドイツ人のみだったのです。

 だから、不健康なドイツ人(心身障害者、遺伝的な病気を持つ人たちなど)は断種させられたのです。
 戦況が悪化するようになると、断種する手術費用も惜しいため、ユダヤ人同様にガス室で抹殺されたとか・・・。



 ドイツ人が世界で最も優れた人種であることを証明するために、特に、ヒトラーは当時不治の病と恐れられていたガンに対する研究を熱心に行い、1930年代には喫煙やアスベスト、農薬(発ガン性)や食品着色料などが発ガン物質であることをつきとめていました。

 しかし、戦後、ナチスが行ってきた残虐な行為のため、その研究結果が正しく解釈されがなかった、という記録です。

 その膨大な研究成果の人体実験として何万人のユダヤ人や外国人捕虜が命を落とした、という事実も書かれています。
 

 ナチスはドイツ国民のために健康診断やガン研究を行ったのではなく、ドイツ国の労働力を少しでも多く長く
使用するため。
 だから、国民は、たとえ体調が悪くても労働力外通告を受けると死という選択肢しか残されていないことを知っていたため、無理をして働いていた
とか。 


 今から70年~80年前のドイツというひとつの国で行われた恐ろしい事実。
 
 だけど、格差社会やワーキングプアという言葉が珍しくもなくなった2010年の日本も当時のドイツとそう変わりはないのかも。
 違うのは、働けなくなった人たちを政府が自らの手で直接的に殺す、という手段をとっていないこと。
 職を失った人たちは、住む家も健康な心身も失い、自らの手で自らの命を絶っている。
 自殺者3万人超の状態が10年以上続いていても、目立った救済政策を行わない日本政府もナチスと同じでは?

 
 こんな結論になってしまいました。

 

by chimamotto | 2010-04-27 15:42 | ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

占領を背負った男(下)

 北康利さんのノンフィクション作品、「白洲次郎 占領を背負った男 下巻」を読みました。
 上巻についての記事はこちらへ。

白洲次郎 占領を背負った男 下 (講談社文庫)

北 康利 / 講談社

 

 講和条約を締結し、ようやく独立国として踏み出した日本。
 その講和条約の影の立て役者である、白洲次郎について書かれています。

 アメリカからの占領から独立し、各国と対等な国となることを宣言する講和条約。当時の外務相は、英語でとてもへりくだった内容の文書を作成してたそうですが、それを知った次郎は激昂し、チャイナタウンで和紙を調達し、日本語による講和条約を作成したとのこと。
 日本の伝統的な文書といえば、巻物ですもんね。

 その他、吉田茂、鳩山一郎元首相についてのエピソードについても触れていて、その孫になる麻生太郎前首相や鳩山由紀夫現首相のことを嫌でも思い出し、なかなか興味深いです。


 「目先の事だけを考えていた政治家」に対して怒っていたという次郎。
 現在の日本の政治家なんて、自分の政党の利益のことばかり考えている人だらけ。
 今も、次郎が生きていれば、政治家に対して国民がスキッとする辛口コメントをしてくれるだろうなあ、なんてことを考えました。
 

by chimamotto | 2009-09-29 15:15 | ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

占領を背負った男(上)

 NHKドラマで白洲次郎さんに興味を持ったので、早速、ドラマの原作となった、北泰利さんの「白洲次郎 占領を背負った男上巻」を読みました。
 ドラマ「白洲次郎」に関する過去記事はこちらへ。

白洲次郎 占領を背負った男 上 (講談社文庫)

北 康利 / 講談社



 白洲さんに関する資料はほとんど残っていないとのことだったので、原作本をほぼそのままドラマ化したような印象でした。

 ドラマとこの作品を読むまで、現在の日本国憲法がGHQ案をほぼそのまま採用したもので、ほとんど改正されてないこと、
 この憲法作成に、マッカーサーが母国アメリカやソ連など他の国々へ自分の権力をアピールすることを目的としたこと、
 などなどを知り驚きました。

 自分の国の憲法がどのようにして作られたのか、知らなかったという事実。
 自分の事ながら、恐ろしい。


 GHQの折衝役として辣腕をふるった白洲次郎。
 彼がいなければ、現在の日本はどのようになっていたのでしょうか。

 
 戦前戦後当時で、母国語のように英語を操った白洲次郎は政治家だけでなく、民間企業の中でもその能力は引っ張りだこだったとのこと。
 なのに、なぜ、私たち日本人は(一部の人をのぞいて)、未だに満足に英会話もできないのでしょうか?

 英語教育、間違ったまま数十年・・・。私もその弊害を受けました。
 
 
 この本の下巻はまだ読んでいませんが、白洲次郎という人物の魅力に惹かれます。

 

by chimamotto | 2009-09-28 17:29 | ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

マクドもスタバもディズニーも・・・

 海の日、ですね。
 
 こちらは、朝から雨です。

 

 庭のアサガオは、雨の方が元気が良いみたいです。


 下山晃さん著、辰本実さん写真のノンフィクション、「世界商品と子供の奴隷 多国籍企業と児童強制労働」をやっと読み終えました。

世界商品と子供の奴隷―多国籍企業と児童強制労働

下山 晃 / ミネルヴァ書房



 私たちが日頃から親しんでいる大企業には、必ずと言っていいほど児童奴隷がいます。

 彼らは、アフリカやアジア、南アメリカに数百万人いて、マクドナルドのハッピーセットのおまけのおもちゃや、スターバックスのカカオ豆やディズニーランドで売っている楽しいグッズのために強制労働され、1ドルにも満たない日給をもらっています。

 また、サッカーワールドカップ用のサッカーボールを手縫いし、朝バナナダイエットのためのバナナを収穫し、ナイキのスニーカーを作り、ダイヤモンド鉱山で働いています。

 児童ポルノや臓器売買の被害者も彼らです。


 貧困から子ども達を救おうと、ユニセフに募金すると、食品を扱っている多国籍企業がため込んでいた過剰な食糧が調達され、企業はユニセフからの募金を支払ってもらい、懐を肥やす事が少なくないとのこと。

 私たち庶民の善意の募金も、多国籍企業の儲けに貢献しているってことですね。


 あまりに重苦しい現実に、なかなか読み進めることができませんでした。

 あまりに身近なモノが全て、児童奴隷を想像させるのです。

 テーブルの上のバナナや、インスタントコーヒー、スニーカー、携帯電話・・・。

 私たちは児童奴隷を食べて生活している、という考えが頭から離れなくなりました。

 
 筆者は、ごく少数の多国籍企業のトップが彼ら自身のボーナスを10%削減したり、莫大な広告費を10%削減するだけで、子ども達は奴隷として働かずにすむそうです。


 もう、マクドナルド、スターバックス、ディズニーランド・・・には行けそうにもありません。

 どうしても、奴隷となっている子ども達のことを考えて楽しめそうにもないから。

 もちろん、本書に記載されていないだけで、さらに多くの多国籍企業が児童奴隷を労働者として使っていることに疑う余地はありません。


 大企業にお金が入ると知っていても、ユニセフに寄付をすれば、子ども達が飢餓から抜け出せるのであれば、寄付をするしかないのでしょうか。

 
 筆者の下山さんは、本書のあとがきで、

  「世界には貧しい国が二つである。一つは世界最大の貧困国インド、もう一つはこうした問題に無関心な日本」とはマザー・テレサの言葉である。  
 と、日本人の無関心、無神経を記しています。


 無関心よりも偽善者でいるほうが、良いのかもしれない。

 そんなことを思いました。




by chimamotto | 2009-07-20 15:36 | ノンフィクション | Trackback | Comments(4)